私たちは, 高等教育のより良い姿を求める幅広い研究者・知識人・有識者が集い, 論争のアゴラを通じて, 高等教育研究を深化・発展させ, 日本の高等教育政策と研究の混迷を乗り越えて, 新たな高等教育像を構築するために,「高等教育研究プラットフォーム」を発足させることを呼びかけます. 発足に至る理由は以下の通りです.
日本の高等教育システムは, 19世紀後半に, 近代化の一環として欧米諸国の高等教育を部分的に導入し, パッチワークで構成したハイブリッド・システムとして出発した.その後, 20 世紀半ばには, 占領権力によるアメリカモデルを部分的に導入して再構築した.このシステムは, 高等教育の機会を拡張し,戦後日本の発展に寄与し,1970年代には, 教育計画による地域配置や学生入学定員管理と連動した私学補助の開始など部分的な修正はあったが, 基本構造は変わらなかった. 現在,戦後高等教育システムは, 予測を超える大衆化の進展などの内部的要因と, グローバル化での経済競争の拡大,日本の経済力の後退という外部的要因とによって不全現象を起こしている. 雇用など他のシステムとのレリバンス欠如は一例である. 政府は, 90 年代後半から規制緩和と目標・計画・評価による管理政策を推進してきたが, 構造的な見通しを欠き, 国立大学の研究力の一衰退, 地域における進学機会の格差拡大など深刻な事態を引き起こした. さらに, 2010年代からは, 官邸主導による政策形成を行い, 大学の世界ランキングをKey Performance Indicatorsとしたり, ガバナンスの集権化を進めたりしてきたが,大学の自律性を衰退させ, 高等教育の多様な使命・役割を果たす上で, 大きな問題を孕むに至っている. システムの不全を是正しようとして, かえって大きな問題を引き起こす事例であろう.
日本の高等教育研究の制度化は, 1968年に大学史研究会が結成されたのを契機とし, 1972年の広島大学大学教育研究センタ一設置をマイル・ストーンとし, 90年代の大学教育センタ一設置によって制度基盤が拡大し, 1997 年日本高等教育学会, 大学教育学会の結成をもって新たな学術分野としての体裁を整えた. しかし, 日本の高等教育研究は, 研究者を再生産する大学院の未確立, 研究者集団が続する実務組織と研究とのジレンマなど, 学術研究の基盤の弱さのため, 基礎・応用・開発, 理論, 実証・実践のバランスを欠き, 十分な発展を見ていない.日本の経済社会が成熟し, 高等教育進学率も上昇し, 「追いつき追い越せ近代化モデル」が有効でな<なった時点で, 現状分析や今後のビジョンを示すことができなくなっている. 制度疲労を起こしている高等教育システムの現状を分析し,トータルなビジョンを様々な研究アプローチから描<ことが求められているのである. 具体的な問題領域としては, ①大学への接続関係, ②大学で育成する人間像・能力,③大学で教えるべき教育内容・ 文化と教授=学習方法の革新, ③研究・教育・社会貢献や専門人材の育成,市民性の涵養など高等教育の役割・機能, ④大学の役割を支える資源調達, 費用負担, ⑤大学から職業(労働市場)・社会への接続関係, ⑥機関内部の組織及び機関間の組織改革, ⑦ガバナンスとマネジメント, ⑧高等教育教職員の能力像の再構築と養成・採用・再訓練・昇進, ⑨学生の成長・発達と学習・経験などがあげられよう.
これらの問題を解くためには, 高等教育固有の学会に参加している研究者や研究パラダイムに閉ざされない対話・議論・論争・研究が必要である。 すなわち,学会や分野に限定せず, 高等教育に関する研究を行う・発信している研究者が参加し, 高等教育の現状と課題を明確にし,広く社会と学術界で共有すること,高等教育学会,大学教育学会など既存の学会に属する研究者が進めてきた成果をレビューし,理論と方法について新たなビジョンを提起すること,若い世代の研究者が,研究と実践に関する大きなビジョンを持ち,研究者として「社会に対する責任」と「責任ある研究」を自覚的に進めるメンタルモデルを育てる資源を提供することが求められる.
学会や学術分野の枠組みを超えて,さまざまな知が交流し,還流する場として「プラットフォーム」を創設するゆえんである. プラットフォームは,研究会・セミナー・シンポジウムのような形で,知の交流と創造を図るとともに,その成果を広く社会に発信し,高等教育研究の再構築を図ることを目的とするものである.